こんにちは。医者が逃げ出す村として全国的に有名になった上小阿仁村の隣、北秋田市の実家に帰省中のタクロス(@KTacross)です。
僕が都内の職場で北秋田市について話をしても、場所も名物も知られておらず「?」といった反応をされることが多いのですが、上小阿仁村の名前を出すと「ああ…」という反応を貰えるくらいには知名度があるらしい、秋田県の上小阿仁村。
実家の隣村ですので、ネットで目にする情報には以前から注目してきました。
どうして毎回医者が逃げ出してしまうのか?
地元民としては思い当たることがいくつかありました。
1. 上小阿仁村はこんなところ
上小阿仁村は秋田県の中央部に位置する、人口2500人ほどの村です。
過疎化の進む秋田県でも最も人口の少ない村で、人口減少率、高齢化率、そして自殺率が県内トップクラス。
主な産業は農業と林業ですが、村内在住者の平均年収は200万円を割り込んでいます。

県の特別豪雪地帯に指定されており、冬は家が埋まるほどの積雪があります。
平成5年の町村合併で他の北秋田郡の町(鷹巣町・森吉町・合川町・阿仁町)が合併し北秋田市が発足する中、同じ北秋田郡の上小阿仁村だけは合併を拒否。

当時は福祉事業が軌道に乗っており村の経営も黒字状態だったことと、買い物や仕事先などの生活基盤が北秋田市側よりも五城目町や秋田市側にある方が多く、なにも赤字経営の北秋田市と合併しなくても…という空気があったことを憶えています。
かつては下小阿仁村も存在しましたが、現在は北秋田市の一部となっています。
名物としてはラン科の植物・コアニチドリがあります。

村の中部を流れる小阿仁側流域で発見されたため、この名前が付けられたとか。
地元民としてはこしあんを柔らかい皮で包んだ、山吹まんじゅうがお土産にお勧めです。

人口減少を食い止めるため、村への移住者や出産者へ助成金や祝い金が支給されており、村内のコンビニや道の駅では若い地元の家族も見かけるようになってきました。
2. 上小阿仁村 医者逃げ出し問題

上小阿仁村では2007年から2013年までの間、毎年のように医師が辞任を繰り返し、「医者を追い出す村」としてネット上で話題になりました。
Wikipediaに詳しく記載がありますのでそこから引用させて頂くと、
長年同村に勤務していた医師が定年退職したのに伴い就任した医師Aが2007年6月に依願退職したことから上小阿仁村は医師の公募を開始した。
2008年(平成20年)3月、僻地医療に20年間の従事経験のある医師Bが「この村が、医師として最後の勤務地。人への愛情、興味が尽きない限り、診療を続けたい」と同年2月に着任したものの、村人からの嫌がらせにより、4か月で辞意を表示し、着任から6か月で退職した。
2009年(平成21年)1月に、離島やタイで医療に従事した経歴を持つ医師Cが新たに着任するも、Cも翌2010年(平成22年)3月に辞意を表明、「後任が見つかるように」との理由から2011年(平成23年)3月をもって離職すると発表した。この辞意表明の直後、数多くの村民からの慰留、村当局による改善策の申し入れにより、一度は辞意は撤回されたが、2010年(平成22年)9月にCは再び退職願を提出し、2011年(平成23年)2月下旬受理された。
さらに村の公募に応じて北海道北見市から2011年(平成23年)6月に赴任した医師Dも、2012年5月に村に辞意を伝えた。
上小阿仁村は2012年(平成24年)10月1日、Dが10月12日に退職し、同日付で北海道帯広市の医師・西村勇が診療所の新所長に就任すると発表した。しかし、西村も着任から1か月足らずの11月6日までに村に辞意を伝えている。理由は体調不良としているが、これにより、医師が4人連続して赴任後1年以内に辞意を示すこととなった。
2012年(平成24年)11月22日、前北秋田市長の岸部陞が所長に就任し、診療を再開した。村は後任が決まるまで当分の間、診療を続けてもらう方針であると発表した。しかし、2013年4月30日付けで岸部も退職することが判明、
2013年8月19日、かつて診療所の前身に当たる施設で勤務した経験のある内科医の柳一雄が常勤医師として着任した。
…と、2007年から毎年のように医師が辞任し、新任が来てはまた辞任…という流れが数年に亘り続き、辞任した医師が村内で嫌がらせを受けたことを告白したこともあって、ネットを中心に一気に悪村としての知名度を上げた上小阿仁村。
2013年から着任している柳医師はその後も勤務を続けられておられるようですが、今年2月にはこんなニュースもありました。

具体的な誹謗中傷内容などについてはこちらの記事に詳しくまとめられていますので、気になる方はこちらを参照してください。

隣村が医者いじめで全国的に話題になり、恥ずかしいったらありゃしない!
3. どうしてこうなった? 政治的な背景は?
医師が定期的に辞任を繰り返すようになったのは2007年頃からで、当時は四半世紀もの長きにわたり村長を務めた北林孝市氏から、小林宏晨氏への交代があった時期と重なります。
そのため、医師いじめは反村長派の工作だったのではないかという意見も。

上小阿仁村は村役場や道の駅など村の中心機関がある小沢田地区と、郵便局や営林署がある沖田面地区が2大中心部となっており、現在(2019年5月)は沖田面出身の中田吉穂氏が村長を務めています。
地方の行政を目にしたことのある方はお分かりかと思いますが、市長・町長は地元の発展のため(ひいては次の選挙の勝利のために)、自分の出身地に有利な政治をしがちです。
僕が子供の頃、地元の選挙ではいつも実家のある地域の出身者が町長を務めていましたが、ある時若い立候補者が現れ、町内の票が2分している間にもう一方の地域の立候補者が勝利したことがありました。
その結果、毎年行われていた花火大会も、建設予定だった道の駅も、新しい町長の出身地側に急遽開催・建設が変更となり、親の世代が不満を漏らしているのを耳にした記憶があります。
上小阿仁村にもこのような政治闘争があるのか分かりませんが、2月の医師処方箋問題は4月の村長選挙直前に起こった事件。
素直に考えると政治的な意図があったように感じずにはいられないわけですが、果たして…?
4. まとめ
いかがでしたか?
実は2014年に奈良県立医科大学が日本公衆衛生学会に提出した「秋田県上小阿仁村における医師確保問題」というレポートがあり、実際の医師への聞き取り調査も行われております。

レポートの中では07年の村の広報誌を発端として、インターネット上で事実とは異なる風評が広がり一人歩きをしている、と書かれています。
鉄道もない豪雪地帯の上小阿仁村は、最寄りの病院まで数十キロの距離があり、足腰の悪い老人が通うのは一苦労。
村に医師が常駐してくれることは多くの村民の願いでもあるはずですが、一部の心無い住民やネットの炎上で、今や完全に「医者を追い出す底意地の悪い田舎者の集う村」というイメージが定着してしまった上小阿仁村。
こうなるなら25年前に北秋田市か五城目町と合併しておけばよかったのに…という気もしないではありませんが、日本中の多くの村が合併で消えていく今、秋田の山奥で独立を保つ上小阿仁村は、これから全国的にも貴重な存在になっていくのかもしれません。
せめてデマならデマと証明できるような村民の振る舞いが無ければ、せっかく税金を投げ打って行われている移住推進キャンペーンも無駄に終わってしまいますし、一番被害を被るのは高い志をもって赴任してくる医師や、新しく村に住む若い世代です。
村長も交代が行われたばかりのようですし、元号が令和に変わった今年からでも、自然あふれる美しい村として生まれ変われるように努力を続けていって頂きたいと、隣町出身者としては願わずにはいられません。
タクロスは かみこあにむらについての きじを とうこうした!
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